過ぎし日を偲びて:ドワーフ城
毎回長文で申し訳ございません。

話がいつまでも途切れないのは、歳をとった証拠なのでしょうか。
若い頃は話す前から整理がついていたり、整理がついていなくてもとりあえずぶっ放していればノリでOKだったりもしたのですが、年齢を重ねてまいりますとどうも要点を伝えきれているかどうかが不安だったり、話しながらでないと自分の脳内の整理が追い付かなかったり。
かと思うと主語が抜けたり途中で何が言いたかったかわからなくなったり、あーもうこりゃババアと言われても仕方ないかもですね、いやいやいくらなんでもまだそこまでは、などと自分の中でも葛藤が起こります。

リアルお仕事でご高齢の方の応対をいたしますと、ご高齢の方にはそんな機序機能面?のみでなく、年齢を経てゆくとどうしても感じてしまう寂しさや、コミュニケーションへの餓えのようなものがあるのかなと感じます。

明治生まれのその方は、第二次世界大戦中フィリピンに出征され、終戦と同時に無事日本にお戻りになりました。
帰国後ご縁があった方とご結婚なさってご子息をお一人もうけられましたが、戦後の貧しさもあってかなり厳しい生活を強いられたそうです。
戦後の復興とともに、小さな会社を興されてそれなりに成功し、家族の食い扶持にも困らなくなった頃奥様が急逝。
後妻をお迎えになったものの、早いうちにこれまたお亡くなりになったらしく、現在血縁となる方は息子さんのみ。
時代の流れで既に会社はたたみ、息子さんは他県にてお住まいになっていらっしゃるので、現在は一人住まいをしているのだとのこと。
数十年前に足を患い今は杖なしでは外出もおぼつかず、わずかな年金と戦争の恩給にて生活しており、もうこの齢であるから先の贅沢などは考えずに済むものの、日々少し美味しい和菓子などを買って食べるのが唯一の楽しみである、と足をさすりながらお話になっていらっしゃいました。

・・・書類にご捺印一箇所をいただく間に。

本来でしたら捺印の内容説明も含めて30秒で済む作業でしたが、「本日はご足労いただきありがとうございます」のご挨拶のお返事にご自身の生い立ちからお話しになり、30分ほど拝聴しておりましたものの、その間も何度も何度もお話がループされますので、失礼ながら最終的には強引にお話に割り込むかたちでご捺印をいただきました。


そんなわけで、今回はできるだけ短い日記で終わらせようと思いましたが、すでになにこの長文。
救いようがないですねぇ。

さて。
テレポーターが狩場に通じていなかった時代に火山へよく通っていらっしゃった方はご存知と思いますが、ドワーフ城入口内部にブックマークが可能で便利でしたね。
右と左がありまして、どちらも狩りに戦争によく利用するBM地点でしたが、右のあの入口は削除されたようです。
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革命戦争後からの仕様でしょうか。
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ドワーフ城内部の右門も削除されており、壁の向こうに暗闇が広がっております。


そんなドワーフ城は、わたしにとってハイネと同じくらい思い出深い城。
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Mavorsνで長く守った城でした。

νとなって姫を務めさせていただき、初めてわたしが戴冠したのもこの城。
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勝手も判らず城主メニューをいじってしまい、誰に相談することも無く戦争日程を変更するというミスを犯し、内外に大迷惑をおかけしてしまったのでした。

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当時の税収はこんな感じ。


あれこれの思い出が多すぎて、何やら胸に来るものがございます。
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いつかまた、この場所で剣を交えることはあるのでしょうか・・・。
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by kyaren | 2014-12-19 20:42 | リネ風景 | Comments(0)
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